知らなかったこと



今から70年前に、沖縄戦がありました。沖縄戦で家族を亡くして、孤児になった人は数千人もいると言われています。激しい地上戦によって、人も家も物も焼けて失われました。孤児たちは戦争中だけでなく、戦争が終わってからもたくさんの苦労をしてきました。その一人、石原絹子さん(77)=那覇市=に体験を聞きました。

   ■   ■

 「子どもたちを殺すか、さもなくば、ここから出て行け!」。沖縄戦の時に国民学校(今の小学校)1年生だった私は、母と兄、2人の妹と一緒に隠れていた防空壕に、数人の日本兵が来て母に銃を突きつけ、脅し、食料を奪った光景を覚えています。小学3年の兄は、やけどを負って足が不自由な母に「妹たちを殺させないで」と言って肩を貸し、7歳だった私は1歳の妹をおぶって3歳の妹の手を引き、壕を出ました。

 海を埋め尽くしたアメリカの軍艦からの砲撃と戦闘機の爆撃が続き、火炎放射器も火を噴いて、空も地面も真っ赤に染まりました。逃げる住民は次々と倒れ、粉々にちぎれた人の肉片が顔に飛んできました。あてもなく歩く途中で、日本兵に「摩文仁方面は安全だから」と教わり、必死にたどり着きましたが、そこは地獄のようでした。

 「お母さん、私たち死ぬしかないの?」と聞くと、母は土や砂で真っ黒に汚れた顔で、何も言わずに頭をなでてくれました。昼も夜も爆弾が降り注ぎ、辺りは煙で見えなくなりました。気づくと、母と兄の姿がありません。たくさんの死体を踏み越えて探すと、2人は崩れた岩の下敷きになって亡くなっていました。

 叫び声を上げて後ずさりし、我に返ると、今度はおぶっていた1歳の妹が冷たくなっていました。「起きてちょうだい!」と何度も揺さぶりましたが、動きません。妹のほおは紫色に変わり、目や鼻、口からウジがわき出して、払いのけても増えるばかりでした。

 やがて3歳の妹の胸に、砲弾の大きな破片が突き刺さりました。苦しそうな息で「お姉ちゃん、お水をちょうだい」と何度もせがまれましたが、戦場のまっただ中には、唇を潤す一滴の水さえありません。涙を浮かべながら、私の腕の中で息絶えました。

 父も防衛隊として戦場へかり出され、亡くなりました。一人ぼっちになった私は、身も心も尽き果てて死体にうずもれ、遠のく意識の中で「今度は私が死ぬ番。これでみんなに会える」と思いました。どれほどの時間がたったのでしょう。目をさました時には、学校で「鬼畜」と教わったアメリカ兵に抱かれていました。助かったのです。

  









 命は助かりましたが、戦場で経験した怖ろしい光景や、煙の臭いが、毎日のように夢に現れてうなされました。「助けて!」と悲鳴を上げて飛び起きたこともよくありました。戦争が終わってから、長い間笑うことができませんでした。家族の死を受け入れることができず、本当はみんなどこかで生きているのではないかと思うようになりました。降伏した住民が集められた収容所で、来る日も来る日も小高い丘に登って、両親やきょうだいの名前を呼んでは「どこにいるの?私を迎えに来て」と叫び続けました。

 収容所には、学校の校舎も木陰もなく、日照りの下に座らされて授業を受けました。ノートはなく、先生は子どもたちをごみ捨て場に連れて行って、アメリカ軍が活字を打ち損ねた紙をみんなで拾って裏側を使いました。鉛筆は1本を三つに分けました。食料もありません。草も燃えてなくなり、ネズミやバッタをつかまえて食べました。

 収容所には、別に生き延びた祖母が、私が生きていると人づてに聞いて、迎えに来てくれました。私は会うとすぐに「お父さんもお母さんも、兄さんも妹たちも、なぜ死ななないといけなかったの?」と泣きじゃくりました。祖母は私を抱きしめ、「みんな戦争が悪いんだ。どんなにつらくても、命を落とした家族のために強く生き抜こう」と説いてくれました。

 収容所から祖母の家に移ってからも、さびしくてよく泣いていました。ある夕方、母が生前に使っていたツバキ油の香りが、ほのかに漂ってきたのです。祖母も気づきました。戦争が終わったばかりで、ツバキ油なんてない時代だけに、不思議でした。こんなこともありました。おばが昼寝をしている時に、夢の中で亡き母が枕元に立っていました。驚いて目を覚まし、外に出ると、私が雨に打たれてふるえながら泣いていたので、家の中に連れ戻してくれたそうです。

   ■   ■

家族の遺骨は、真夏に祖母とスコップ、わら袋を持って、今は「魂魄之塔」が立つ糸満市米須で朝から探しました。なかなか見つからず焦りました。日が暮れると、女性はアメリカ兵に乱暴され、殺される危険があるからです。アメリカ軍にとって沖縄の人は「戦利品」です。恐怖心でいっぱいでした。祖母はとうとう泣き出し、「魂があるならどこにいるか教えて」とスコップを土に突き差しました。

 私がその下を掘ってみると、戦場で母が着ていた服が出てきました。紺地に白い花模様の地味な衣と、もんぺです。金歯もありました。兄が持っていた、肩がけのかばんも出てきました。読書好きの兄らしく、中には本が1冊入っていました。こうした遺留品と一緒に、母と兄の骨が見つかりました。妹2人の骨は、摩文仁で見つけました。一帯は戦争で亡くなった人々の骨がいっぱいで、雪が降ったような風景でした。

 家族の遺骨を持ち帰って並べました。母は元気だったころ、「戦争が終わったらおうちの回りにいっぱい花を植えて、明るい家庭を作ろうね」と励ましてくれました。兄は「一生懸命勉強して、大きくなったらお医者さんになって、困っている人を助けてあげたい」と言っていました。3歳だった妹は「大きくなったらお菓子屋さんになる」と笑顔で話していました。

 夢と希望を断たれ、変わり果てた家族の姿を前にして、「骨があっても(死を)受け入れられない」「受け入れることは私に死ねってことよ」と泣き叫びました。母の頭がい骨を抱くと、いっそう涙があふれてきました。落ちる涙を、母の骨が優しく吸い取ってくれたように感じました。亡くなっても、私を心配してくれているんだと思いました。祖母や先生の言うことをちゃんと聞いて、勉強しようと心に決めました。

 祖母の家を出た後も、苦労は続きました。親戚の家を何軒も転々とさせられて生活しなくてはいけなかったのです。両親が生きていた時は私を一人前に扱ってくれた親戚も、人も物もお金もない、戦後の大変な時に面倒を見るのは負担が大きかったのです。扱いが戦争の前と違うんです。家族を失って傷ついている私は、そこにとても敏感になっていきました。

   ■   ■

 私と家族のつながりを記した公の台帳「戸籍」も、沖縄戦で焼けてなくなりました。私の正しい名前は「絹子」です。普段の生活や学校でもそう記してきました。しかし、戦争が終わってから作られた戸籍には、長らく「キヌ」と書かれていました。大人になって結婚して長く移り住んでいた熊本県で、キリスト教の牧師になる時に、沖縄に住むおじやおば、友達から届いた手紙を証拠として家庭裁判所に提出して、戸籍の名前を「絹子」に戻しました。

 生まれた月日も、戦争と戦後の混乱の中で、記憶を失ってしまいました。生き残った祖母が「だいたいこのぐらいだろう」と考えて生年月日を決めましたが、おばは正確に覚えてくれていました。私は戸籍の名前を改める時に、生年月日も直したいと望みましたが、証明する書類が残っていないため、あきらめざるを得ませんでした。「命があるだけで十分」と自分に言い聞かせました。

 沖縄戦で亡くなった妹2人の名前は「つぎこ」「ふじこ」でしたが、戦後に作られた戸籍には載っていませんでした。妹たちが生きた証を何としても残したい、そのために戸籍に載せたい、と強く思うようになりました。

 しかし、実家があった玉城村役場(今の南城市役所)に連絡して、沖縄戦を含む第2次世界大戦で亡くなったり、けがをした軍人や軍属、遺族を対象にした法律「戦傷病者戦没者遺族等援護法」を担当する職員に尋ねると「戸籍に載せるには、家庭裁判所で裁判を受ける必要があります。費用は1人当たり約100万円かかります」と言われ、ショックを受けました。当時は払える経済的な余裕がありませんでした。戦争でつらい思いをして亡くなったのに、生きた証さえ残せないのはあまりにもかわいそうで、耐えられませんでした。

 私は、生き残った人間としてあきらめるわけにはいかないと決意しました。沖縄県が糸満市摩文仁に「平和の礎」を建てる時に2人の名前を申し出て、沖縄戦から50年がたつ1995年に、礎に刻んでもらいました。ようやく妹たちの生きた証を残せました。

   ■   ■

今、日本政府は名護市辺野古の海を埋め立てて、新しいアメリカ軍基地を造ろうとしています。戦争はしないと誓った憲法9条も骨抜きにしようとしています。私は、70年前の悲惨な体験が風化して、また戦争の準備が進んでいると危ぶんでいます。だます政府と、だまされる国民がそろった時に起こるのが戦争です。どんなに残酷か…。もめごとは鉄砲や爆弾ではなく、英知で話し合って解決してほしいです。

 テレビのニュースは今も日々、世界の各地で起きる戦争を伝えています。妹たちが亡くなった糸満市摩文仁に立つ沖縄県平和祈念資料館には「戦争をおこすのはたしかに人間です しかし それ以上に戦争を許さない努力のできるのも 私たち人間ではないでしょうか」と記されています。一人ひとりが心の中に「平和のとりで」を築きましょう。普段から、いじめられている人に気づいたら、自分と同じくらい大切にして下さい。



以上 沖縄タイムス+ より













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# by nanoo6B | 2015-05-26 15:49 | ピース | Trackback | Comments(0)



このブログの一番最初の記事で欲しい~!と書いていたルンバ君がとうとうやって




キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!






あれば便利だろうなとは思いつつ別になくても困らないし~


椅子をテーブルに逆さに積んだり細々したものを片付けるくらいなら


その勢いで普通に掃除機かけたほうが早いやん?


・・・・とか 考えたりしてるうちに早〇年・・・


今回の*自転車横転半身強打事件*のせいで一気に必要性を感じたのでした






ペットの室内飼いや留守がちのお宅のみの御用達品とは限らず



近年とみにやる気・根気が雲散霧消五里霧中Σ\( ̄ー ̄;)の私


のような


潔癖症なのに面倒臭がりの人 掃除したくてもなかなかできない人にとっては


希望の星です~*・゜゚・*:.。..。.:*・゜(゚∀゚)゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*














動きを観察してみるとーー





障害物に一瞬当たって弾かれたように移動する


直線的な部分では少しずつズリズリしながら進む


同じところを同じようなパターンで移動している ように見えるが


実はそうではない?


しかし規則正しい動きではなく奇想天外な動きである


とても非効率的


でもちゃんと仕事はしているようです(゜∀゜)b







放っといたら


リビングから廊下に出て


かなりの段差のある私の部屋の入り口付近で大騒ぎして諦め


またしばらくしてからドアのあたりで大騒ぎヽ(;´Д`ヽ)(ノ;´Д`)ノ


気がついたら入ってきてて


ちょっとそこどいて! オラオラ片付けんかーいヽ(`Д´#)ノみたいな感じで


やや強引に吸い捲っていました


長距離移動で消耗したのか途中で力尽きたようで(充電要請点滅)


リビングの充電器近くまで運んでやると


最後の力を振り絞って基地に帰還していました







ルンバ君の動きをじっと観察しているとイライラす可愛い~♪






ダイソンの360Eyeというのが規則正しく効率の良い動きをするらしいですね












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# by nanoo6B | 2015-05-22 14:43 | こんなこと | Trackback | Comments(0)

ギリギリセーフで!


住民投票はできなかったけど・・ギリギリセーフで!よかった( ̄▽ ̄)=3


所詮 芸能人大好きな浪速のおばちゃんたちがノリで選んだ人だったものね


当時のご当地FMのDJまで吹けよ風みたいな曲流しながら応援するようなこと言ってたっけ


公共放送でここまでやってええんかい!?とぶったまげたもんだった


放送局が買収されてるなんてことはやっと最近知ったばかりの常識なのさ~Σ( ̄□ ̄;Ⅲマジカ


ご当人が震災直後に関西電力にメンチ切ってたのを見て


コイツなかなかやるじゃん と思ったのも束の間


瓦礫は受け入れて燃やすわ最初の頃言ってたのと真反対のことばかり実行するわで


全く信用できない過激なパフォーマーだってことが段々露呈してきて


今じゃ自分の中ではABと同じぐらい糸切れ捲った操り人形


鶴のひと声でどうとでもなる取り巻き連中を束ねて権力の都合のために動かされる人


じゃなく


権力の恩恵を被らない弱い立場の人々の声を束ねてその人達のために動く人


を選ばないととんでもないこと(独裁国家)になるのだわ












とはいえ


基地のない町で絶対服従主義で育ったので


民主主義なんてどうやったらいいのかわからないし


何事もないのが平和だと思ってきたし




でも


社民党のオバサン連中はケンポーケンポーとそればっかしでウザイ


とか言う夫が間違ってることだけはわかるんだけど感覚的に





今盛り上がってる沖縄のように市民レベルの覚醒と連帯があれば


なんとかなりそうな気もするのだけど














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# by nanoo6B | 2015-05-18 15:59 | 思うこと | Trackback | Comments(0)

自己修復作業中



自転車に乗ったまま歩道と車道の段差でコケて3日・・・



手の擦り傷からの出血は数時間で止まり今は痛みも含めてほぼ全快


脛のほうも出血は当日中に止まりましたが痛みはまだ残っています


今回はわざと消毒も何の手当てもせず


水や洗剤が滲みたり動かしたりするときの痛みだけ我慢して


全く普通どおりに暮らしてみました


余程深い傷でない限りその方が早く治りそうな気がするので( ̄▽ ̄)=3




強く打った左半身が痛むので


ベッドに横たわったり起きるのにアタマを使わなければならない状態で


眠っている間は無意識に寝返りも自粛しているようです


何もかもいちいち考えながら身体を動かさないとーーあちこちがイタタタタ状態です(涙)


咳もクシャミも自粛 


「痛い 痛い」と言いながら笑ったらそれ以来


わざと面白いことをしかけてくる悪魔な家族・・・(T▽T)









それでも3日もたてば


このあたりがかなり楽になった とか 


傷口が痛痒くなってきた とか


こんなとこも打ってたのか とか


新しい発見が色々あります





とにかく人間の というか生き物の身体というのは


ダメージを受けるととことん自力で修復しようとするのだな~


ということに今更ながら気がつきました






おまけ*今日の空 


                     29?










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# by nanoo6B | 2015-05-15 14:11 | 思うこと | Trackback | Comments(0)

これはもう・・・



昨日の太陽オーブ祭がまさかの今日まで続いていました


しかもヴァージョンアップしてヽ(*・ω・)人(・ω・*)ノ



これはもう オーブというよりUFO船団といっていいのではないかと(; ̄ェ ̄)




デジカメで真逆光太陽を連写してる人間なんてまさかいないだろ


と思ってUFOたちも油断したのかもヾ(≧▽≦)ノ彡☆






今日もよく晴れていたのでいつものように


昨日と同じ午前10時頃の撮影です











初めて見た細長ーい発光体 矢印4の拡大です












この針船団は










どんどん太陽に近付いて行きやがて消えてしまいました












最初の写真の矢印2あたりの船団も











分裂分割しながら太陽に近付いて行って消えてしまったように見えました












すると今度は太陽に向って左に短い針船団が出現











その北の方にも長めの針船団らしきものが












長めの方はますます細長くなり











最後はほぼ分裂











その中のひとつに日本地図みたいなのがくっきり写っていましたよ














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# by nanoo6B | 2015-05-14 21:04 | ピース | Trackback | Comments(0)

ふたたび太陽オーブ祭


2014年3月6日から実に1年と2ヶ月と7日目


待ちに待った433日ぶりの太陽オーブ祭です


♪L(・_L)♪(ノ_・)ノ♪ L(・_L)♪(ノ_・)ノ♪


太陽周りのあんなにたくさんのオーブはもう


2度と見られないかもと思っていたので嬉しい~(*^0^*)ノ





20150513午前10時頃 南東の空





矢印がぶつかり合うほどの混雑ぶりでした





今日のオーブは単体も多かったのですが


連結体というか集合体みたいなのがたくさん写っていました


拡大です




















1枚の中にこんな感じで写っていたのもありました





1~4の順に拡大です

















太陽周りのこの賑やかさと昨日今日のネパール・岩手強震・・・


何か関連性があるのでしょうか(>Д<;;








関連記事 20140306の空*無数のオーブが\(◎o◎)/













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# by nanoo6B | 2015-05-13 15:29 | ピース | Trackback | Comments(0)

自転車ホワイトアウト



引き篭り後遺症のほぼ寝たきり状態から突然5月の風の中に飛び出したせいか


車道から歩道へ移動するときに段差にひっかかり横滑りしながら自転車ごと横転


コンクリートに激しく打ち付けられました




たまたま同行していて

動転した家族は道端で倒れている自分の家族の姿を見たくなかったのでしょう






すぐに助け起こされてガードレールに寄りかかりながら立っていたのです


しばらくの間息ができず目は見えず耳も聞こえず・・というホワイトアウト状態でした





貧血で倒れたことは何度もあり


その場合は室内でブラックアウト=目の前が真っ暗になり意識を失う=でした


横になってしばらく安静にしていればやがて意識はもどってきます





倒れた場合は無理してすぐに立たずに


とりあえずそのままの状態でいたほうが回復が早いです(たぶん^^;)

















「大丈夫?」とか「水飲む?」とかいう声が水中みたいに遠くから聞こえてきたり


何か言いたくてもなかなか言葉が出てこないし自分の声も水中言語


呼吸困難で


目の前の景色はこんな風だし













とても気分が悪くて横になりたかった(なればよかった)




「救急車呼ぶ?」ゴボゴボ


「う・・・ん」グワ~ン


「この場所・・・・なんて説明したらいいんだろ」ゴボボボボ




などと言いながらグズグズしていて



そばにあった小さな木の切り株にしゃがみ込んでいたらようやく意識が戻りました








救急車呼ばなくてよかった!







感覚が戻って来てやっと怪我の痛みに驚きます


打ち身捻挫擦り傷だらけになっていました






以前肋骨を圧迫骨折したとき整形外科で貰った固定バンドはほとんど役に立たず


結局シップと痛み止めで自然に治るのを待つしかなかったので


今回はそのときほど痛くはないし医者に行くほどではなく


たぶん 打撲傷で全治3週間ぐらい の自己診断です











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# by nanoo6B | 2015-05-12 20:53 | こんなこと | Trackback | Comments(0)

前向きに





311とともに自分の心も一緒にメルトダウンしたのだけど




あれから・・・・4年も経ったので少しは前向きになりたい




4年も経てば放射能も自然消滅


海もきれいになって以前のように美味しい海の幸食べ放題


刺身 天麩羅 寿司 煮魚


除染できれいになった田畑でとれる米も麦も野菜も


牛も豚も鶏も


国の基準をクリアしてるので大丈夫


震災以前より遥かにゆるくなった基準でも


和食は世界に誇るソウルフードです


もうなーんも気にせず食べて応援 絆で復興


生産地によっては輸入禁止にしている国々の皆様へは


産地〇装で・・そこのところなんとかよろしく


原発もジャンジャン再稼動して経済復興すればまた元の豊かな美しい国へ戻れる


あれだけの地震が来たのだから当分大きいのは来ないだろうから大丈夫








*被爆が心筋梗塞や癌や白血病の原因となり中枢神経を侵す


*これまで親戚筋にもなかったような珍しい病気に罹る人が増えている


などというのは偽情報に過ぎない


身近な人が沢山そんな病気になったり亡くなったりしても


たまたま年齢やストレスのせいなのだから関係ないし


そういう病気や死亡率がものすごく増えているのも子供の甲状腺癌が増えているのも


放射能とは関係ないっしょ


なんでもかんでも被爆と結びつけて考えるのはネガティブ思考だから


もっとポジティブに前向きに考えよう


気にしない気にしない! 気にしないったら気にしない~♪








なんといっても国民の命を第一に考えてくれる政府なのだから


納めた税はすべて


*貧しい人や困っている人々の暮らしを救うために


*なかなか結婚しようとしない若者が安心して子供を育てられるように


*お金を溜め込んでしまう老人の不安を解消するために


使われているのだろう


間違っても武器の購入や戦争に使われることはないはず













永田町恐怖新聞












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# by nanoo6B | 2015-05-09 14:38 | ピース | Trackback | Comments(0)

ショックです(*- -)(*_ _)



友人と久々にランチとお茶に行ったのに


何故か浮かぬ顔


食欲がないのだと言う


なんだかとても具合悪そう・・・









朝方こんな夢を見て心配になりました  大丈夫? 元気?


とメールしたら










うっそー\(◎o◎)/


実は昨夜自分も久々になぬ~さんにメールしようと思ったんだけど


やはり心配かけてはいけないと思ってやめた



1月頃から体調崩して入退院を繰り返しているの








って・・









みつかったら最後 ステージ1とか2とか3とかいって


とても攻撃的で体力消耗する治療が始まる病なのでした













翌日は電話で声を聞いたけど


声の感じはとても元気そうだった


心配かけたくない気持の強い人だから


頑張って元気な声を出していたのかもしれないし





1クール=1週間入院して2週間自宅


これを6クール繰り返す予定で


連休明けに4クール目開始


入院してないときは買物でも映画でもどこでも行ってるのよ


治療がうまく行ってもう少し体力が戻ったら


また美術館とか行こうね 髪の毛ないけど・・って Σ\( ̄ー ̄;)










私の方がやっと元気になれたと思ったら


友達がこんなことになっていた





ショックです(*- -)(*_ _)













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# by nanoo6B | 2015-05-06 21:33 | 友達 家族 | Trackback | Comments(0)

3秒間のナニコレ



20150415の空模様


5枚の連写の中に写っていた面白いモノ


約3秒の間にかなり大きなものが形を変えながら移動していました









それぞれを拡大したもの











選挙が終わってようやく静かになりました


選挙カーから絶叫するという古いやり方をいまだにやってる方


多いですね




名前を連呼するだけじゃなく最後のお願いとかなんとか・・


とにかくどうか私に職を下さい(就活かヽ(`Д´#)ノ)


好きに使えるお金と権力を下さいと叫んでいるようにきこえます


聞き苦しいだけですよ





当選したら喜びの万歳三唱・・・これも何だかな~ (´・ω・`)



私なら当選の瞬間から抱えきれない義務と責任感に押しつぶされそうで


喜んだりバンザイしたりなんて到底できないし


その場で卒倒するかもしれませんΣ\( ̄ー ̄;)


ま そんな人は立候補なんかしないんだけどね






静かに落ち着いた声で政見を話す人を選びました


上の言うなりの手下じゃなく


人の声を聴いて集めて世のため人のために働いてくれそうな人です












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# by nanoo6B | 2015-04-30 00:42 | 思うこと | Trackback | Comments(0)